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過去の活動報告

ISFM European Feline Congress 2016 Malta Report

ISFM European Feline Congress 2016 Malta(桑原 岳)

日時 2016年6月29日〜7月3日

ISFM(国際猫医学会,International Society of Feline Medicine)では毎年ヨーロッパで年次大会を開催しているが、今年は6月29日から7月3日まで、地中海のマルタ共和国で開催された。
マルタ島は地中海のほぼ中央に位置する、美しく透明な海に囲まれた小さな島である。過ごしやすい地中海性気候と美しいブルーラグーンのほか、アトランティスの遺産ともいわれる巨石神殿などの古代建造物、城壁に囲まれた美しい街並みが世界遺産の首都バレッタ、オスマントルコの侵略を撃退したマルタ騎士団の残した建物など歴史的な観光名所が人気であるが、もう一つ、この島は多くの猫が住民から大切にされている、猫の楽園としても有名な観光地でもある。
この学会の魅力は、参加者全員が猫好きであるという連帯感から生まれる和やかな雰囲気の中、聞き取りやすい英語で猫医学に関する最新情報を入手できるだけでなく、世界各国の猫の臨床家と情報交換できることや、さらに交流プログラムとしてパーティ(踊りたい人はダンスもできる)や観光ツアーなども企画されていて、堅苦しさがないところである。
今年は猫の消化器疾患と整形外科疾患をメインテーマに開催され、また4日間の学術集会の前日には猫の麻酔と疼痛管理に関するシンポジウムも開催された。全体の参加者はヨーロッパを中心とした世界36カ国から406名であった。日本からはJSFM主催の第3回猫の集会の日程が重なってしまったこともあり、少数ではあったが自分を含め4人の日本人が参加した。

学会は毎年水曜日から日曜日にかけて開催され、メインテーマは猫の消化器疾患と整形外科であった。
講義の内容は以下のとおりであった。

<猫の消化器疾患> ・慢性下痢の管理 ・急性下痢の管理 ・猫の膵炎 ・嘔吐と悪心の管理
・炎症性腸症(IBD)とリンパ腫の診断と管理 ・便秘の原因と管理
・クリティカルな患者に対する栄養管理のコツ
・三臓器炎は本当に存在するのか ・猫の消化器疾患における食事管理(食物アレルギーほか)

<猫の整形外科> ・骨疾患のすべて ・前肢および後肢の骨折 ・脊柱疾患の鑑別疾患と管理
・関節のX線画像の最新の読影法 ・関節疾患の外科的管理法
・最新の骨折固定法と猫への適応 ・骨関節炎の管理

<猫の麻酔と疼痛管理シンポジウム> ・急性疼痛の評価と管理 ・慢性疼痛の評価と管理
・猫の全身麻酔の改善点 ・ハイリスク患者の全身麻酔

<協賛企業によるミニシンポジウム> ・高血圧の診断、眼との関連、治療 ・慢性腎臓病(CKD)の最新知見
・高齢猫の医療とQOL ・猫の呼吸器疾患 ・猫の予防医療について

今回聴講した講義の中で印象的であったトピックス

 猫の膵炎の診断には一つの完璧な検査法は存在しない。血液検査による膵特異的リパーゼ(f-PLI)測定、DGGR処理リパーゼ測定、超音波検査は可能であれば全て実施することで診断がより確かになる可能性があるということだった。CTは超音波検査よりも優れた検査法であるが、MRIの方が造影などオペレーターによる違いが出ないためより優れた検査法といえる。
 猫の膵炎の予後はイオン化カルシウムの数値と強い関連がある(低値であると予後が悪い)。
 急性嘔吐や下痢の猫が来院した場合、ほとんどは初期の対症療法だけで管理できるが、なかには重篤な問題を抱えていることもあるため、必ず1-2日で再評価をして反応が悪ければ早めに膵炎など猫に多い疾患の診断をしていくことが望ましい。1週間以上後の再評価は慢性疾患の場合のみとする方が良い。
 血圧測定のカフのサイズについて。カフの幅は犬では直径の40%が推奨されているが猫では肢や尾の直径の30%の幅のものを使用することが望ましい。尾で測定した場合は、前腕で測定した場合と比較して収縮期血圧が9%ほど高くなる。
 猫はカロチンからビタミンAを合成できないため、食餌にはビタミンAの状態で添加する必要があるが、肝臓を多く含む食餌を与えられている猫ではビタミンA過剰症のリスクがある。X線所見から骨関節炎や変性性関節症と誤診されることがある。市販のキャットフードの中には推奨されるビタミンAの2倍から10倍の濃度のビタミンAが含まれていることがある。
 栄養管理について。肥満猫の食欲不振は少しくらい痩せても大丈夫とは考えず、平均的な体型の猫よりもクリティカルな問題として扱うべきである。
 食物アレルギーに対する食餌療法について。様々な選択肢があるが、食餌中のグルテンの有無はあまり重要ではない。今までと異なるタンパク源のフードを食べることが大切である。
 IBDや小細胞性リンパ腫の症例ではビタミンDの血中濃度が欠乏していることがある。吸収不全が原因と考えられるが、補充しすぎるとカルシウム濃度が上昇してしまうので注意する。
 骨関節炎の猫は痛みのため診察が困難なことが多い。診察しないわけにもいかず、大きなストレスを与えながら無理矢理に触診やレントゲンを撮ることも避けたい。診察室(床など)での行動の観察や飼い主への質問が診断の鍵になる。フケが多い猫はや痛みからグルーミングが少なくなっている可能性がある。仮診断から消炎鎮痛剤を投与して反応を確かめることも有効である。

普段診療をしていても経験することの少ない症例が画像とともに多数紹介されるので、非常に良い経験ができた。今後の診療に生かしていきたいと思う。
ISFMヨーロッパ年次大会の専門的な学術レポートについてはまた別の機会でご紹介したい。来年の2017年はイギリスのブライトンというリゾート地で開催予定である。詳しくはISFMのウェブサイトから確認されたい。

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